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St.Valentain's Day

02 14 *2009 | 雑文(SS)

今日は恋人達の日ということで、after CCAで短くて落ちのない雑文を↓
飲み会から帰って来て酔っぱらいながら書き上げたけど、気が付けば糖分過多。
なんというラヴ。

お暇な人はよろしければ覗いてってください。

なおタイトルに意味はないです。ただ仕事絡みで使っただけ(笑)


続き


行け我が想いよ、黄金の翼に乗って




 そもそもの発端は、先日のピロートークにあった。

「そういえば、スウィートウォーターでは、一粒のチョコレートに薔薇の花を添えて渡すのが流行っていたな」
 ベッドの中でゆるゆると互いの体温にまどろみながら、なんの気なしに互いのかつて暮らした地の多様な習慣について語り合っていた際、話題は近く訪れる聖ウァレンティヌスの日のことに及んだ。
「なんでチョコレートなんだ? カカオなんて、あのコロニーでは希少品だろうに……」
 難民政策の為の急造コロニー。
 アムロも、今現在隣でのうのうと寝そべる男の探索に幾度か訪れたことはあったが、住人の暮らしぶりは逼迫し、とても嗜好品への浪費に気を回すゆとりがあるようには見えなかった。
「だからこそ、というのはある。天然の素材というのはそれだけで価値がある。一口で溶けてしまうたった一粒に想いを託すことに、人々は意味を見出したのかもしれんな」
 シャアの言葉は半ば、あの日、総帥宛の数多の贈り物を届けに来た戦術士官の言葉の受け売りだ。
 そう言う彼女がシャアに贈ったのは、どこでどう入手したか、地球産の年代物のトカイワインだった。
「甘いもの好きのあなたには、さぞかし喜ばしいイベントだったろうね」
 胸に去来したものを読んだか、やや意地悪気な表情で皮肉ってくる腕の中の想い人に、かつて総帥と呼ばれた男は苦笑を返す。
「甘いものは程々がいい。媚薬も過ぎれば毒になる」
「鼻血の海に溺れるあなたも、メタボなあなたも見たいもんじゃないな」
 最近ちょっと緩んで来たんじゃないの?——と腹の辺りを軽く拳で叩かれ、やや憮然とする。痛いところを突かれた嫌いがあるだけに、反論が出来ない。
 明日からのロードワークを秘かに心に誓って、返礼とばかりにシャアは、先程まで熱を分かち合っていた身体にのしかかった。
「君から与えられる甘いものなら、いくらでも歓迎するが……」
「そうくるか」
 こうなる流れを読んでいたかのように、小さく溜め息を吐く唇に、落ちて来た唇が淡く重なる。
「あまり期待されても困るんだけど」
 唇を触れ合わせたままで、囁くように会話が交わされる。
「一粒の心尽くしを請うているだけだ。それ以上は望まんよ」
「こう見えても料理は得意分野だぜ」
「それは今までの暮らしで十分承知しているが、気が向かなければ厨房に立たないのも君だな」
「言ったな」
 負けず嫌いの精神を刺激されたか、アムロは金糸に指を絡めて、黙らせるようにその後頭部を引き寄せた。
 その段階で、シャアの策略に二重の意味で嵌ったことに、本人が気付いたかどうか。

 しかし当日、後悔するのはシャアの方であった。


 この日の為に予約をしていたオーキッド——当然色は白——の花束を引き取りに街まで出て帰って来てみれば、ダイニングテーブルの上に、かつての己にひどく馴染みある金色のフォルムがポーズを付けて鎮座していた。
「やぁ、お帰りシャア」
 それの背後で、何処か得意げにニコニコと微笑んでいるかつてのライヴァル。
 その無邪気な笑みに、ああ、やはりそういう表情をしていると少年めいて愛らしい、などと心があさっての方向に飛んでしまいそうになり、慌てて頭を振って余念を払った。
「——ただいま。その、アムロ……これは?」
「約束してただろう?」
 ——ああ、やはり。
 シャアは一度天を振り仰ぐと、視線を戻してテーブル上のそれを凝視する。
 ここ数日間、アムロがキッチンからシャアを叩き出しては、籠りっきりでなにやらごそごそとやっていたのは知っていた。
 たまに扉の向こうから漏れ出てくる呪詛のような呟きに、どこぞのマッドサイエンティストの実験室か、はたまた錬金術師の工房か、と物騒な想像をしつつ、期待半分不安半分だったのだが……。
 当たらずしも遠からずだったようだ。というより想像の斜め上だ。
「結構苦労したんだぜ。1/100スケールのチョコレート製百式。装甲はカカオの純度を高めることでそこそこの衝撃にも耐え、室温でも溶けない硬度に」
「……」
「各間接部に使用するカカオのパーセンテージを可動範囲に合わせて調整することで、幅広い稼働領域を確保してみた」
「……」
 ほらほらと得意げに肩関節を回し、コクピットハッチを開いてみせる。
 うむ、チョコレートという素材にこだわった上で、このサイズでそこまで再現する技術はさすがとしか言いようがない。
 しかし、なんという“大いなる才能の無駄遣い”。
「百式の設計図に関しては秘匿されていたので、細部に関しては当時の俺の記憶に寄るものだけど、たぶん誤差はそれほどないはずだ。あ、表面の金色はちゃんと保存を考えて純金箔を使っているぞ。もちろん口に入れても害はない」
「……アムロ」
 放っておくと際限なく講釈が続きそうになるのを、シャアは左手を上げて制した。
 右手は自然と皺の寄った眉間を押さえる——ああ、昔この男に付けられた傷がうずく。
 そう、アムロは根っからの技術者肌なのだ。
 しかもシンプルに、しかしとことん精度を追い求めるタイプだ。要領は決して悪くないはずなのに、気合いを入れるあまり突き詰める方向性を間違えてしまうのが難点といえる。
 シャアはそんな彼の才能も性格も愛しているし、本人が楽しんでやっているならそれに越したことはない。
 なにより自分の為にこれだけの労力を割いてくれた事実は嬉しい。
 出来上がったものも、超一級の美術品と言っても過言ではない。
 しかし——非常に対処に困るのも事実だった。
「シャア……気に入らなかったか?」
 額を押さえて困惑する男の姿に、テーブルを廻って正面に立ったアムロが、その顔を覗き込みながら首を傾げる。
「いや、とても嬉しい」
「あまり嬉しいって顔じゃないな」
「いや、嬉しいのは本当だ。ただ、本音を言えば、あまりその機体にいい思い出がないのでね」
 シャアは苦く笑って、相手の気を損ねぬよう、そっと指の背でその頬を撫でながら応える。実際、それも大きな要因の一つであるのは事実だった。
「そうか……」
 アムロはその触れてくる感触に目を閉じ、再び目を開けると、テーブルの上の金色の固まりに視線を移す。 
 憤慨したかと危惧したが、その眼差しの柔らかさにシャアはほっとした。
「……でも、俺はあなたの乗った機体の中では、一番好きだな」
 意外な言葉に、シャアの柳眉が上がる。
「ほう、それは共に戦った時代のものだからかね?」
「それもあるけど」
 遠い日を思い返すように視線を遥かに飛ばして。
「初めて目にしたとき、あの金色が夕映えに映えて、とても綺麗だった」
 乗ってるヤツが顔を出して来て、相変わらず派手好きだなとも思ったけど、などと照れ隠しまじりに言い繕うが、温かな思惟が触れた指先から確かに伝わってくる。
 それに深く満たされ、シャアは目を細めた。
「あなたにとっては忌まわしい過去かもしれないけど、それと共に美しかったものまで否定してしまうのは、勿体ないよな」
 かつて、全てを切り捨てることで、全ての迷いを断ち切ろうとした。
 そして今現在、名も捨て仮面も捨て、ありのままの姿で共に暮らす中で、それまで知り得なかった何かを、少しずつ学び取り始めている。
「ああ、その通りだ」
 ——いま、目の前にあるものを失わずに済んだことに、何よりの感謝を。
 無意識のうちに伸びた腕は、拒否されることはなかった。

「で、あなたは何を用意してくれたんだ?」
 シャアの腕の中に抱き込まれて、その広い背に手を回しながら、アムロはシャアがテーブルに置いたままの花束に目をやる。
「花より団子をご希望ならば、デリカテッセンで君の好物を色々と」
「上出来」
 目を見合わせ、笑い合って。

 やがて、ついばむように口付けを交わした。


‡  ‡  ‡



 そして、余談ながら、数時間後。

「精魂込めて作ったんだ。カビが生える前にちゃんと食ってもらうからな」
「私にこれを破壊しろと!? 金箔でコーティングされていることだし、このまま保存の方向で……」
「自分で手を下すのが嫌なら俺がやってやろうか? 頭から食うのが嫌なら、まずは両手両足から——」
「トラウマが刺激されるのでやめてくれ」
 あんな優し気な言葉を言ったそばから——たまに、わかってて復讐しているのではないか、と勘ぐりたくなるほど的確に残酷な暴言を吐く恋人に、シャアは小さく嘆息するのだった。


《了》




タイヤキを頭から食うかしっぽから食うかに似た命題ですね。

21:30

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